小説 「君に何が残せたのかな」-9日が変わった。日比谷は悩んでいた。 仕事は無理やり外出の用を作ったから昼に綾の職場である西新宿へいける。 ここからだと、大江戸線、都庁前で降りるとちょうどいい。 時計を見ていた。 昼に近づいてくる。 昨日から綾にどう話そうか悩んでいた。 多分、篠塚なら何も考えずにストレートに話すだろう。 だが、日比谷は悩んでいた。 確かに、近江ヒロの時に比べれば確かに綾は強くなった。 けれど、その強さは結城がいたからでもある。 いきなりその支えにしているものがなくなったら、しかも死を伝えることなく別れようとしているなんて知ったらどう思うだろう。 怒るかも知れない。いや、悲しむかも知れない。 日比谷自身ならどういわれたいか、色々なシミュレーションを繰り返していた。 時間が迫ってくる。 日比谷は、まとまりきらない思考のまま新宿へ向かった。 西新宿。 待ち合わせには都庁のロビーにしていた。 そう、新宿でランチを食べるのならば、安い都庁の食堂がいいからだ。 ここ最近外食が続いている。いや、これから暫く出費が増えるはずだ。 結城と話をすること。 いや、もうすでにどこかでわかっていることがある。 6ヵ月後に仕事も休みを入れないといけない。 しかも、この間には「あおい」の墓参りもある。 あおいの実家に行くことも決まっているからだ。 日比谷はロビーに行くと、そこには篠塚が先に来ていた。 「あれ、早いね。どうしたの?」 篠塚が話しかけてきた。 待ち合わせは12時のはず。 時計をみるとまだ11時50分だ。 10分前。 だが、綾はちょうど12時にお昼休憩になる。 職場は新宿NSビルだから5分くらいはかかるだろう。 ギリギリでもよかったかな。 日比谷はそう思っていた。 「ああ、ちょっとな。 考えがまとまらなかったから。 話すのは私からだから、篠塚は話さないで欲しい」 日比谷は真剣な表情になっていた。 「何を話すの?」 そこに綾もいた。 日比谷はびっくりした。 「え?なんで綾がもういるの?まだ仕事中じゃないの」 日比谷はうかつだと思った。綾はこういういたずらが大好きだ。 12時調度じゃないと休みが取れないといっていたのは綾だ。 それを信じていたからこそ、篠塚しかいないと思っていた。 日比谷は少しやられたという表情をした。 「ま、後で聞くわ。上がりましょう」 綾はそういってエレベーターホールへ向かった。 食券を買って、トレイをもって並ぶ。 日比谷は大学の時の第一食堂を思い出した。 よく、結城と昼を食べたことを思い出した。 綾は短大に行っていたが、3年から編入して同じ大学に来ていたな。 それからは4人でお昼を食べてたっけ。 一度そういえば、大学に綾が篠塚を連れてきたんだよな。 あおいと似てるという話しになって。 そういえば、あの時、篠塚はショートヘアだったな。 都庁の食堂という大学とは違う場所なのに、日比谷は昔を思い出していた。 「あそこが開いてるね」 篠塚が場所を確保して、奥にある4人席に座った。 こういう自由に場所を取るのも大学の第一食堂を思い出す。 日比谷は少し懐かしく思っていた。 これで結城がいたら。あの頃みたいに。 いや、あおいがいない。 日比谷は頭を振った。 横にいるのは「あおい」じゃない。「篠塚」だ。 大学の時だって二人並んだ時にそこまで似ていなかったじゃないか。 そう、二人が並ぶと見間違えるなんてない。そこまで似ていないのだ。 それは解る。 けれど、雰囲気が似てきている。 いや、どこかで「あおい」の代わりをさがしているのではないのか。 日比谷はそう思ってもいた。 「んで、どうしたの?」 綾は今日の日替わりランチを食べながら話してきた。 日比谷はどうせ話すことは決まっているのだが、まず無難に聞いた。 「結城のことなんだけれど、最近かわったことあった?」 日比谷は少し篠塚の表情を見た。 もっとストレートに言えばいいのにという表情をしている。 こういう表情や対応を見ていると日比谷は「あおい」を思い出す。 「あおい」もこういう時はストレートに言いたいことを言っていたからだ。 視線を綾に戻す。 何か思い当たることがあるみたいだった。 「昨日、ゆっくんに電話したの。そしたらものすごく泣いていた。 見ていた映画で泣いたといっていたんだけれど、ものすごく、なんて表現していいか わからないけれど、不安定だった。ゆっくんに何かあったの?」 日比谷は綾の話を聞きながら、思っていた。 死を目の前にして平然としていられるわけがない。 それは現実をただ拒絶しているだけだ。 だが、結城は違う。向き合っているからこそ葛藤しているんだ。 多分、結城は日比谷も、篠塚も付き合ってくれているけれど、最後は離れるのではと思っているのかも知れない。 ならば、せめて最後まで明るく接しよう。 それが日比谷として出来ることなんだと思った。 日比谷は覚悟を決めて話した。 「綾、良く聞いて欲しい。そして怒らずに聞いて欲しいんだ。 結城はものすごく悩んでこの選択を今は選んでいる。 実は、結城はこの前医者から『死の宣告』を受けたんだ。 後余命6ヶ月だと。 でも、結城はその事を綾にだけは隠していたいと相談を受けた。 本当はこういうことはルール違反だと思う。 けれど、どうしても解っているのならば、せめてちゃんと向かい合ってお互い死を受け とめて欲しいんだ。 私が出来なかったことだから」 日比谷はそういいながら綾を見た。 綾は一瞬信じられないという表情になった。 篠塚が続ける。 「綾。今の話し本当よ。私も相談を受けたから。結城さんは綾と別れるつもりでいるの。 でも、私そんなのって変だと思う。だって、結城さんだって別れたいわけじゃない。 綾を悲しませたくないからそういうことをするのは、まるで綾だけを仲間はずれにして いるみたいだから。 私そんなの許せない」 しばらくの沈黙の後、綾が話し出した。 「私、ゆっくんにひどいことした。 昨日電話で、映画に行こうって行ったの。シリーズもので今が中篇。来年が完結篇なの。 ゆっくん、一瞬止まって、来年も行こうって約束をしてくれた。そんな約束なんて出来 ないのわかっているのに。私の事嫌いだったらそんなこと言わないよ。 わかっているよ。ゆっくんが私の事を大事にしてくれているの。 ゆっくんは多分、私には話してくれないかも。でも、一番つらいのは私じゃない。ゆっ くんだから。 『あおい』の時もそうだった。私が泣いて取り乱している時に、言っていたもの。 一番つらいのは日比谷だぞってね。二人で日比谷を支えないといけないのに、綾が泣い て倒れてどうする。ってね。 だから、私思うの。一番辛いのはゆっくんだもの。私はだからゆっくんを支える」 綾は言いながらめがねをとって泣いていた。 その話しを日比谷は聞きながら、だから綾は強く慣れたのか。 だから、あの時結城も綾も日比谷を支えてくれたんだ。 そう解った。 日比谷は話してきた。 「多分、結城のことだから、いきなり別れを切り出すなんて思えない。 ちゃんとすれ違いやケンカをして別れに持っていくのかもしれない。 それに、死を受け入れるということはものすごく辛いことだと思う。 結城にも。綾にも。 多分、結城は精神的にもかなり不安定になるし、その負荷は一番綾に行くと思う。 本当は結城から綾に直接話すのが一番なんだけれど、それよりも前に綾にちゃんと話し て起きたかったんだ。順番が違って本当にすまない」 日比谷は頭を下げた。 日比谷の心の中で結城に対する謝罪もあった。だが、心の中で思っていた。 『あおい、これでいいんだよな』 そうつぶやいていた。 綾は涙を拭いて話し出した。 「日比谷さんは悪くない。ゆっくんも悪くない。 私ゆっくんを受け止めるから、みんなにも迷惑をかけるけれど、ゴメンね。 私、決めたわ。何があってもゆっくんを支える。そして、ずっと一緒にいるから」 決意を持った綾の顔はりりしかった。 日比谷は話し出した。 「それと、綾にしか頼めないお願いがあるんだ」 日比谷は語りだした。 昼休みの時間はあまりにも短かった。 ~結城 side~ 夕方、ようやく結城は東京に戻ってきた。 そう、16時に銀行へ行くからだ。 佐伯氏との打ち合わせ。 結城としてどうしてもやっておきたいことがあったからだ。 『遺言状』 の再作成だった。 「すみません、佐伯さん。無理言って。 しかも、今日はオフだったので私服で訪問してしまって」 私は自分自身が今、銀行の応接室にふさわしいかっこをしていないことに気が付いた。 シャツにスラックス。 ジャケットを着ているがネクタイはしていない。 それに明らかに仕事ではなくオフという感じの服を着ている。 「いえいえ、銀行特に融資で来られる方でしたら私服の方も多いですから」 佐伯さんは優しく話してくれた。 今、銀行としては3億円をどう運用するのかで話しをしているはずだ。 資産運用と遺言書での話し。 私はそうアポイントを取った。 確かに間違ってはいない。 私は、今日は死を向かえる前にどうしても今鞄にある契約書だけは締結をさせておきたい。 そう、佐伯さんがこの契約を飲むかどうかにかかっている。 私は頭の中で順番を考えた。 「実は、今日は先に遺言書の再作成の話しをしたいのです」 そう、私はこちらから切り出す。 それにはこのイントロダクションが一番佐伯さんには効果的だからだ。 私は、自分の病気の事、余命のことを伝えた。 その上で、資産運用。そして、この契約書の話しをした。 佐伯さんの表情は曇っていた。 そうだろう。思惑と違うのは解っている。 それに、こんなリスクを佐伯さんは普段ならとらないだろう。 しばらく悩んだ末、佐伯さんはこういった。 「解りました。他ならぬ結城さんの依頼です。 お受けいたしましょう。ただし、条件があります」 そう、この条件も予測済みだった。 私は鞄から資料を出した。 「条件はこれですか?」 佐伯さんは驚いたようであった。 前に一緒に仕事をしていたから良くわかる。この条件で佐伯さんは納得をしてもらえるはずだ。 佐伯さんは諦めたような表情になった。 「やはり結城さんには先を読まれているみたいですね。 解りました。ご協力いたしましょう」 私は佐伯さんと握手をして銀行を出た。 外は暗くなっていた。 普段ならどこかによるところだが、明日は病院に行かないといけない。 頓服薬も結構飲んでいるため薬をもらいにいく必要もある。 私は家に向かった。 家について自炊をする。 たまに綾が家に来て料理を作ってくれるから調味料はそろっている。 見たこともない、何に使うのか解らないものまである。 私は簡単に冷蔵庫にあった野菜をいためて食べた。 パソコンを立ち上げる。 不思議なものだ。日課の中にブログ作成がついてくると違和感がなくなってくる。 コメントが書かれている。 昨日のと同じだ。 「弱いところを見せたっていいんじゃないでしょうか?」 そうだろうな。 私は思った。今の綾なら受け止めてくれるかも知れない。 でも、その後はどうなんだ。私は私がいなくなった後をいつも考えてしまう。 綾にとって一番いいことは何なんだろう。 悩みだすとキリがない。 私はブログを書き始めた。 ブログを書こうとすると不思議と昔のことが思い出される。 こうやってみると自分に、死に向き合っているそのときが良くわかる。 【タイトル 残り178日】 今日も出かけていました。 最近昔を良く思い出します。 もし、人生が27年と解っていたら同じ人生を歩んだろうか? もう少し彼女との接し方も違ったのだろうか。 残された時間。 解っているのに、何か逃避をしている自分がいる。 ドラマみたいな人生は送れそうにありません。 私はこう書いてブログを閉じた。 明日は病院だ。 そういえば、本当ならば水曜日なのだが、担当医に用事があるとのことでずらされたんだったな。 私は日程がずらせられるほどのゆとりがあるのならばひょっとしたら誤診なんじゃないのかと思った。 確かに頭痛がたまにひどいが、今までもっとひどい頭痛はあった。 私はそう思いながら眠りについた。 夜は長くふけていった。 [次へ]「君に何が残せたのかな」-10へ移動 ジャンル別一覧
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